3月18-23日:地獄は続く
とりあえず、生きていた。
しかし、事態が好転したわけではなかった。逃亡は失敗して、僕は今までどおりベッドの上にいる。
昨日、僕はうんこまみれになったが、いつの間にか新しい服に着替えている。僕があっちの世界に行っている間に看護婦がやってくれたのだろう。
しかし、その服は自分の服ではなく病院の服で、しかも僕はパンツを履いていなかった。
看護婦に着替えていいかと訊いて、僕は自分の服に着替えようと思ってその服を脱いだ。昨晩看護婦は僕を着替えさせたということは僕のすべてを知っている。今更隠すこともないと、堂々と看護婦の方を向いて全裸になったが、看護婦は照れていた。やっぱり恥ずかしいらしい。仕方ないので急いでパンツを履いてやった。
看護婦達に対しては、僕は頑なな態度を崩さなかったが、しばらく接している内に看護婦にも色々いて、その中には比較的優しい人もいた(さっきの照れてた人)。
しかし、メインで俺を見張っている看護婦との関係は相変わらず最悪だったし、この病院そのものに対する不信感もそのままだった。
食事の時に薬を渡されるのだが、それは毒だと思っていたので、飲まなかった。すると看護婦が怒るので、飲むフリをして(舌の裏にカプセルを隠して)、その後便所で吐き出したりしていた。
体調は相変わらず最悪で、特に下痢がひどかった。逆にそれ以上は悪くならないだろうと思い、というか、ヤケになっていた部分もあるが、これまであれほど避けていた水道水を飲もうとして看護婦に止められたこともあった。
病院内では何もすることがなく、また、何も出来なかったのでどうやったら逃げられるかを相変わらず考えていた。
実は僕は海外旅行保険をかけていたので、保険会社のサポートデスクに電話すればもっとよい病院に移動できるだろうと考えて、電話をかけさせて欲しいと頼んだが、拒否された。
その時、医者はこう答えた。
「お前、日本の大使館に電話するだろう?」
やはりこの医者には自分が犯罪行為をやっている自覚があるのだろう。
入院して1週間経った日、入院費を払えと言ってきた。その日は見張りのウルサイ看護婦は休みで、代わりにあの優しい看護婦が俺の担当になっていた。これはチャンスだった。金を払ったタイミングで病院を出ていこうと思った。荷物をまとめてリュックを背負って、俺は事務所へ金を払いに行った。看護婦も、今は大丈夫だから行け、という素振りをみせた。そして、金を払って、出て行こうとするとやっぱり止められた。しかし、これは最後のチャンスと思い、粘った。金も荷物も全部やる。とにかくここを出して欲しいと懸命に訴えた。しかし、ダメだった。結局数人の男に連行されて元の部屋に連れ戻された。もう、抵抗はしなかった。戻ってきたら、さっきの看護婦は気の毒そうな表情をしていた。
【13年後のつぶやき】
この入院の日々を、日本に帰ってからずっと思い返していた。色々起きすぎて解釈が難しい。金目当ての医者の犯罪行為か、それとも俺の被害妄想か。
結局この医者の目的は何か?
金が目的のはずだが、それなら俺から全部奪って、外に叩き出せばいいし、俺も入院費の支払いの時に、金は全部やるから出してくれと頼んでいるのに断られた。おそらく合法的に俺から金を巻き上げたかったのだろう。
医者として俺の体調を心配して強制入院させた可能性も考えられるが、それも違うはずだ。ただし、トラブルが公になった時、それを大義名分に言い訳しようという魂胆だろう。
電話をかけさせて欲しいと頼んだ時も、「お前、日本の大使館に電話するだろう?」って、やっぱり電話されたら困るという認識だった。だからこれは明らかに監禁だったといえる。あの優しい看護婦も、俺に同情していたし、普通のインド人的に見ても異常な状況だったはずだ。
もちろん、俺にもまずかったことは多々ある。英語が出来ずに満足なコミュニケーションがとれなかった。誤解も多かったと思う。そしてうんこまみれになるなど問題行動も起こした。看護婦に対しても非礼な態度を取り続けていた。
しかし、それらを差し引いても、やっぱりこの医者は金目当てで俺をずっと入院させておく意図があって、それは犯罪行為だったという結論に達した。
ところで、この時の俺は毒殺を非常に恐れていた。出される薬は徐々に体を弱らせる薬だと思っていた。あの医者のやることは医療行為ではなく金目当ての犯罪行為なので、病死に見せかけてうまく俺を毒殺しようという意図だと考えていた。しかし、これは俺の勘違いだったようだ。
この時の薬を日本の医者に見せたらビタミン剤かなんかだろうとのこと。
この薬の件は俺の被害妄想だった。