3月30日:最後のピンチ





munbiようやく朝がやってきた。飛行機は午後の便だったので、まだ時間はあったが、何かをできる状態ではないので、すぐに空港に行く事にした。タクシーを捕まえ、値段交渉をしたらRs260。行きの値段とほぼ同等だった。ドライバーに言わせれば空港までの料金は決まっているらしい。しかし、降りる時に追加料金を要求されるんだろうなと思っていたが、あっさりお別れできた。当たり前のことに感動した。

フライトまでまだだいぶ時間があるが、とにかく後は飛行機に乗るだけだ。あともう一歩なのだが、ここに来て急激に体調が悪くなった。座っているのもしんどくなったので床に寝っ転がった。空港は近代的でキレイな建物で、ムンバイ駅と違って乞食みたいな人もいない。空港の床に寝ることは異常なことなのだが、もうそういう体面に構ってられなかった。しんどくてどうにもならなかった。そうしたら何人かの日本人が大丈夫かと僕に話しかけてきた。僕は素直に病気であることを伝え、しかし、大丈夫だと答えた。しかしチェックイン時には英語の堪能な日本人に助けてもらった。

フライトの時間が近づくと、実家に電話をした。今の体調では関空から自宅に帰れないと思った。助けを求めるのは情けないことだが、空港まで迎えに来て欲しいと頼んだ。

飛行機に乗り込んで、これで一安心と思っていたら、キャビンアテンダントが僕のところにやってきた。「体調が悪いそうですが、大丈夫ですか」とのことだった。他の乗客が僕が病気であることをキャビンアテンダントに伝えたらしい。どういうつもりなのかは知らないが、ここで飛行機を降ろされることになったらこれまでの苦労が水の泡だ。そしてここで降ろされたら、もう僕は持たない。必死に取り繕って、大丈夫ですと答えた。危ない。最後まで気が抜けない。
そして、ようやく飛行機は飛び立った。
感動していい場面だが、気分が悪くてそれどころではなかった。死にそうだった。

【13年後のつぶやき】
しかし、日本人って本当に親切だ。最後は親切すぎて焦ったが。
この旅では親切な日本人に何度も助けられた。ただし、これは俺が若かったから皆温情をかけてくれた側面が大きいと思う。今ぐらいの年齢になると「いい歳して情けない!」と切り捨てられるだろう。

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