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12月7日:コルカタを出てダージリンへ




4時半起床。2時頃、鳴り響く電話の音で起きたが、すぐ寝た。これだから安宿は困る。
8時ぐらいまで物思いにふけったり旅の計画を立てる。
ここにはパソコンがない、テレビもない、酒も飲まないので考えることぐらいしかやることがない。これが2人旅なら色々会話ができて退屈しないのだろうが、考え事ができるのは一人旅のメリットでもある。
それから、街をぶらぶらした。実は13年前に泊まったところを探していたのだが、見つからない。どうもサダルストリートではなかったような気もして、範囲を広げて探したが、見覚えのある光景は見当たらない。もう13年も経ってて記憶も曖昧だし、街も変わったことだろう。見つからないのも仕方ない。
一旦、ホテルに戻って、荷物を整理してチェックアウトした。

10時になったのでサダルストリートのすぐそばにあるインド博物館に行った。前回の旅ではコルカタに来ておきながらこの定番のスポットにすら来れなかった。またひとつ復讐が完了した。
入場料Rs150。中には小奇麗な人しかいなかった。
ここには化石や歴史遺産が大量に展示されている。2時間ぐらいそこに滞在した。まあまあ退屈しなかった。
india musum
写真:インド博物館。英国風の綺麗な建物。
それから再びプリンスでフィッシュカレーを食べた。Rs98。
それからタクシーで3たび鉄道予約オフィスへ。インドの電車は予約が取りにくいことがわかってきたので、早め早めに予約していこうと思った。今回はダージリンから帰ってきた後のコルカターチェンナイ間の切符を買うつもりだ。オフィスは混雑していて3時間ぐらい待ってようやく自分の番がやってきた。10日にコルカタ発の切符が欲しかったが、ここでも思ったとおりにいかず、結局11日に3A(エアコン付き3段寝台車)の切符をとることが出来た。しかし、これが怪我の功名で、実は10日の切符がとれていたら非常に困ったことになっていた。それはまた後日記載する。

なんとか切符が取れたわけだが、ボールペンを持っていないバングラディシュ人のおじいさんに自分のペンを貸していたため、しばらくオフィスに待機していた。すると日本人っぽい人がオフィスに入ってきて、キョロキョロしている。切符の買い方がわからないのだろう。俺も一回目はそうだった。そして彼は椅子に座って本を取り出した。それが日本語だったので、俺は話しかけた。今回のインド旅行で初めて日本人と話した。
彼は俺と同じく一人旅で、コルカタからバラナシに行くそうな。俺は切符の買い方を説明して、時刻表を取り出して、彼のスケジュールにあった電車を選んであげた。その後しばらく色々話をした。俺に時間があれば一緒に晩飯でも食おうや、となったのだが、あいにくダージリン行きの電車の時間が迫ってきた。
4時頃、彼と互いの健闘を祈って握手して、俺はオフィスを出た。そこからタクシーでハウラー駅に行こうとしたが、なぜかタクシーのドライバーは断ってきた。渋滞がひどいからだろうか。まあ、駅までは地図を見る限りそう遠くはないので歩いて行く事にした。
kolkesiki
それにしても、何度も思うがスゴイ人の数と車の数だ。途中大きな川を渡るのだが、橋の上からの景色はなかなかだった。そして、道に迷う事無くハウラー駅に到着した。
しかし、自分の乗る電車がわからずしばらく駅内をウロウロする。外もそうだが、駅の中もすごい人だ。
発車時間まで余裕はあったので、水を買って軽食を取った。
haura
写真:ハウラー駅内。すごい数の人、そして喧騒。
あちこち見渡していると、電光掲示板に自分の乗る電車の発車プラットフォームが出ているのを発見。ハウラー駅は広いのでそこまで行くのに数分歩いた。
無事自分の電車を見つけたが、今度は自分の乗る車両がわからない。インドの電車は20両ぐらい連結してあり、その長さは数百mあるので、慣れないとすぐに自分の車両を見つけることが難しい。
しかし、それらしき車両を見つけて、電車の入り口の乗車名簿を見て、自分の名前があるのを確認して、その車両に乗り込んだ。
前回の旅行でもエアコン車両に乗ったことがなかったので今回が初である。たしかに涼しい。
前に座っていたインド人の方々は俺に興味津々なのか、かなり視線を感じたが、話しかけてはこなかった。
3A
写真:エアコン付き寝台車。値段が高いだけあって快適。
densyamesi電車は定刻どおりに動き出した。しばらくして夕食の注文を取りに来たのでチキンカレーをたのんだ。電車の中だし、それほど期待はしてなかったが美味かった。

俺は3段ベッドの一番上のベッドで、エアコンの風が当たってやや寒かった。しかし、3A席は枕とシーツと毛布が貸し出されるので快適だった。


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